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7月 20 2014

岡山県倉敷市の小学5年の女児誘拐事件

誘拐された小学5年生の女の子は無事保護されてよかったと思う。

不幸中の幸いはまだ、犯人が異常者では無かったことかもしれない。

まぁ、連れて行っただけでも異常者と言えないわけではないが、世の中には性的イタズラしたり、殺害してしまったりする性的異常者もいる。

容疑者とは言わない。

犯人は49歳だという。

小学5年生の女の子といえば一番可愛く思える年頃である。

だから「誘拐」する気持ちではなく「可愛い」と思う気持ちはとてもよくわかる。

うちでも、朝方時々「おはよう」という小学生らしき女の子の声が聞こえてくる。

たまらなく愛おしく感じる。

それって、正常だろ?

可愛い女の子の声を聞いて、何も思わないとか、気分が悪くて殴ってやりたくなるっていう方がどうかしてると思わないか?

そういうある意味動物としての本能が、大人や親が、時には命まで掛けて子供を守ろうとする原動力になっているのだと思う。

しかし、ここで問題なのが可愛いから連れて行くってことだ。

ちょっと不謹慎かもしれないが許してもらおう。

たとえば、女児でなく、猫や犬でもダメである。

僕は動物が好きである。

だからなつく可愛い猫がいれば連れて帰りたくも思うが、ひとりぐらしの僕には飼えないから連れて帰らない。

いや、そもそもその猫ちゃんにも家族(飼い主)がいるだろうからそういうことはできない。

だから猫を連れて帰っても犯罪である。

たとえば、僕はギターが好きである。

好みのギターを見ると胸がワクワクする。

そういうギターが楽器屋さんの触れる場所に置いてあったとする。

ほしいからといってそれを黙って持って帰るか?

一発でアウトである。

20〜30万円のギターでさえ、いや、1000円で売ってるガラクタのようなギターでさえ窃盗で逮捕である。

ましてやお金では買えない人間を連れて行くという神経が分からない。

それに、誘拐された「親の心情」というものが想像できないのだろうか?

もう一度言うが連れて行きたいという気持ちはわかる。

しかし、自分がしたいと思うことをしたいようにしていればこの世は犯罪だらけである。

どうしても我慢できないのであれば、親戚にそれくらいの歳の子はいないのだろうか。

お土産を沢山もっていって「良い親戚のオジサン」になればいいのだ。

親戚にいないのなら、AKBの握手会にでもいけば良いように思う。

さもなければ、メイドカフェに通えば良いのではないか?

ねこの肉球僕なら猫を飼うね。

僕は人間の女の子より、猫の方が可愛いと思う変わった人間である。

変人なんて言わんでくれ、猫が好きなだけである。

随分昔、子猫があまりに、食べたいくらい可愛いかったので、たまらなくなって猫の頭を口に入れたほどである。

子猫にしたらたまったもんじゃなかったろうけど・・・。

親猫の頭は口には入らんし、流石に親猫は口に入れたいとはこれっぽっちも思わん。

子猫の何が可愛いって、あのピンクの鼻とピンクの肉球である。

とは言え、ピンクで無くても可愛いのであるが・・・。

←もちろんこの本は買った。

話を人間の子供に戻そう。

昔は子供を近所の人が黙って連れて行くといった事は普通にあったらしい。

僕自身もお風呂屋さんに連れて行ってもらうとしょっちゅういなくなっていたらしい。

まだ僕が赤ちゃんの頃の話である。

今はそういう事はできない世の中になってしまった。

それどころか大人が子供に声を掛けるのもなかなか難しくなったのである。

世知辛い世の中である。

先日、幼稚園の前を通ることがあった。

なかからピアノに合した歌が聞こえてきた。

あまりに可愛かったのでその場で立ち止まって暫く、歌を聞いていた。

目の前には交番が有った。

中にはおまわりさんはいなかったが、いたら不審者に思われただろうと思う。

まぁ、十分不審者な僕ではあるが、できる限り法は犯さないように心がけている。

赤信号は渡るけどね。

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